北朝鮮の核ミサイル開発の歴史を総まとめ!

 北朝鮮を筆頭に核ミサイルの脅威が日に日に高まっています。2017年には北朝鮮が日本に向けて核ミサイルを複数回発射したこともあり、不安な思いをした人も多かったのではないでしょうか。その中には日本の上空を通過したものもあり、J-ALERTを始めとした警戒態勢が強化されました。交通機関に影響が出るなど、日本全体に大きな影響を与えることとなりました。

 今回は、北朝鮮がどのように核ミサイル開発を行ってきたかの歴史、現在の開発状況などについて紹介していきます。

 

北朝鮮の核ミサイル開発の歴史

 ここからは北朝鮮の核ミサイル開発の歴史について、時系列に沿って紹介していきます。

 

1950年頃から1990年頃まで 核開発の始まり

 北朝鮮は建国して間もない冷戦の時代、つまり1950年代から核開発を始めていたといわれています。1956年にはソ連が核研究所を創立するにあたって科学者を派遣し、核ミサイル開発に必要な人材を育成していました。

しかし、北朝鮮は1985年に核拡散防止条約(NPT)に加盟しました。これにより北朝鮮は、今後核ミサイルなどの開発・取得を行わないと国際社会に約束したことになりました。

それにも関わらず、黒煙減速炉と呼ばれる核ミサイルなどの兵器開発に利用される原子炉や、放射性廃棄物の再処理施設などを建設し、北朝鮮内での核開発が活発になっていきます。

 

1990年代① 核開発の疑惑が明らかに

 1990年代になると、北朝鮮が核開発を行っているのではないかといった疑惑が国際社会に広まり始めます。1992年には、北朝鮮は国際原子力機関(IAEA)と包括的保障措置協定を締結しました。IAEAは原子力が平和的に利用されるように、また軍事的に利用されることのないようにといった目的のため活動している国連の組織です。この協定を締結した国には、保有している核物質や原子力関連施設についての情報提供を行うこと、IAEAの査察を受け入れることなどが義務付けられています。

 北朝鮮にも1993年にIAEAの査察が要求されるのですが、北朝鮮はこれを拒否し、NPTからの脱退を表明してしまいます。これを受けてアメリカが北朝鮮と会談を行い、アメリカが北朝鮮への核兵器を含む武力行使や武力による威嚇をしないことを保証する代わりに、北朝鮮のNPT脱退の効力を停止させました。

 翌年の1994年にはIAEAによる査察が行われましたが、北朝鮮側がサンプルの採取を妨害したことなどから、北朝鮮が軍事的な核開発を行っていないという確証を得ることはできませんでした。そのため国連の安全保障理事会により、北朝鮮はIAEAの再査察を受け入れること、といった勧告が採択されます。すると北朝鮮はIAEAに無断で使用済み核燃料棒の取り出しを開始、IAEAからの脱退を宣言しました。これによって北朝鮮で作られた核物質が、過去に核ミサイルなどの軍事利用に使われていたのかが確かめられなくなってしまいました。

 

1990年代② 米朝枠組み合意

 北朝鮮の査察拒否、IAEA脱退宣言により、アメリカは安全保障理事会に北朝鮮への経済制裁を提案します。北朝鮮はこれに反発し、もし経済制裁が行われれば宣戦布告とみなすと警告、戦争の危機が一気に高まりました。

 そこでアメリカは北朝鮮との協議を重ね、1994年10月に米朝枠組み合意を締結することに成功しました。これにより北朝鮮は保有している黒鉛炉を凍結し、アメリカはその代替として、より軍事利用しにくい軽水炉を供与、また軽水炉転換までの間の食糧や重油の提供を行うことが合意されました。

 米朝枠組み合意を受けて、1995年には朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)が設立され、北朝鮮の核問題は一応の解決を見ました。しかし合意後も北朝鮮は秘密裏に核開発を進めていたほか、1998年には人工衛星と称した弾道ミサイルのテポドン1号を日本海に向けて発射、核ミサイルの開発が懸念されていました。

 

2000年代 ウラン濃縮問題と六か国協議

 2002年、北朝鮮が従来使用していたプルトニウムよりも危険な高濃縮ウランでの核開発を行っているという疑惑が持ち上がり、KEDOからの重油の提供が停止されました。北朝鮮は核施設の凍結解除を発表し、核施設の稼働と建設を再開してしまいます。さらにIAEAの査察官を追放し、2003年にはNPTからの脱退を表明しました。1994年の米朝枠組み合意もここで破棄されます。

 再度浮上した北朝鮮の核問題について協議するため、日本、アメリカ、中国、北朝鮮、ロシア、韓国の六か国による協議が行われました。2005年には初めての共同声明が発表され、北朝鮮はエネルギー支援などを受ける代わりに、すべての核兵器と既存の核開発の計画を放棄することで同意しました。

 北朝鮮は非核化に一度は合意したものの、アメリカが北朝鮮の資金洗浄の疑いのある口座を凍結したことによりこれ以降の六か国協議の開催は難しいものとなりました。北朝鮮は2006年に7発の弾道ミサイルを発射、さらには核実験も行い、北朝鮮の核ミサイルの脅威が問題視されました。

 その後北朝鮮の核開発は加速していきました。現在に至るまで、北朝鮮は核実験と弾道ミサイルの発射を繰り返しています。そのたび安全保障理事会による制裁決議が採択、経済制裁などが行われているのですが、北朝鮮はそれらも無視して核ミサイル開発を強行してきました。

 

現在の北朝鮮の核ミサイル開発状況

 アメリカの調査によると、2017年の時点で北朝鮮には60基の核兵器が存在すると言われています。この数字は誇張であるという意見もありますが、少なくはない数の核弾頭が存在することは確かのようです。

 一方ミサイルについては、北朝鮮は約1100基以上を保有しているとの試算結果が出ています。これらのほとんどには核弾頭を搭載することが可能なため、核ミサイルの材料を大量に保有しているということになります。

 これまで北朝鮮が開発してきたミサイルは日本周辺までしか飛行できないものが多かったのですが、2017年に発射した火星15号は13,000kmもの射程を持ち、アメリカ全土を射程に収めることが可能になったとされています。これによりアメリカと北朝鮮の対立は深刻化しましたが、2018年の米朝首脳会談で北朝鮮が非核化の意思を見せたことにより一旦沈静化しました。しかし北朝鮮はこれらの核兵器を保有したままですので、北朝鮮の核ミサイルの脅威は依然として大きなままとなっています。

 

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 ここまで、北朝鮮の核ミサイル開発の歴史と現在の状況についてご紹介してきました。北朝鮮は建国して間もない頃から核開発を始め、国際社会からの度重なる静止も無視して実験を続けてきました。そして現在では多数の核弾頭と弾道ミサイルを保有しているため、北朝鮮の核ミサイルの脅威は日に日に高まっていると言えます。これからは私たち一人一人が核ミサイルの脅威から身を守れるようにしていく必要があります。そのためにも核ミサイルやその対処法について適切な知識を身に着け、万が一の事態に備えた準備を怠らないようにしましょう。