インドの核開発問題を分かりやすく解説してみる
戦争の手段として二度と使われてはならないもの、それが核爆弾です。世界唯一の被爆国である日本には、過去の悲劇も踏まえてその残虐性を未来に語り継いでいく責任があるでしょう。そしてその想いは、常に世界に向けて発信されなければなりません。
そのためには核開発の歴史を知っておく必要があるはずです。そこで今回はインドの核開発について解説していきます。
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インドの核開発の歴史
インドで核開発が行われ、実験が最初に行われたのは1974年5月18日のことです。あくまでも平和利用という大義名分を主張するため、コードネームは『微笑むブッダ』と付けられました。
そしてしばらくの年月を置いて1998年にも核実験を行っています。その歴史を見ていきましょう。
対中国のための核開発
インドが最初に核開発に着手した理由は、中国との関係悪化が原因と考えられています。もともとインドと中国は1954年に「平和五原則」という約束を策定し、友好関係を築いていました。しかし、1959年のチベットの反乱によって事態が急変します。
インドとも国境を接するチベットはもともと、ひとつの独立した国家として成立していました。しかし、そこに中国が軍事的な圧力をかけて無理矢理自国に編入させたのです。当時、チベットの指導者であったダライラマは中国の強大な軍事力を前に、国民を犠牲にすることはできず、併合に調印しました。
しかし、それに反対するチベットの人々が反乱を起こしたのです。ダライラマは亡命せざるをえなくなり、彼を擁護したのがインドでした。インドがチベットを渡したくなかった理由は、標高の高いチベットにインド国民の命の水ともなるインダス川やガンジス川の上流があるからです。
そこをせき止められてしまうことはインドにとって致命的であり、逆に中国にとっては喉から手が出るほど欲しい地区でした。このような対立の構図から起きた1962年の中印戦争は、結局インドの敗北という結果に終わってしまったのです。
それから2年後、中国は初の核実験を行い、1970年代に入るとチベットへの核装備を進めていきました。インドは核開発を平和的利用と主張し続けましたが、中国の脅威に備えるためのやむを得ない手段だったと考えるのが自然でしょう。
対パキスタンのための核開発
次に二度目の核開発による実験が行われた1998年について説明します。原因はパキスタンとの関係性です。争いの舞台となったのはカシミール地方で、この地区は宗教の関係が複雑で、ヒンズー教徒とイスラム教徒が混在していました。
当時の藩王はインドへの所属を決めたのですが、パキスタンが自国の領土だと主張し、1947年に義勇軍を向かわせたのです。インドも軍を出し、衝突することになりました。これが第一次印パ戦争となります。
この戦いは最終的に国連が介入し、カシミールの3分の2がインド、残りをパキスタンとすることで停戦となりました。しかし、事態はこれで終わりません。この後に起きる先述した中印戦争において、実は当事国だけでなく大国の思惑と介入がありました。
冷戦の中にあったアメリカがソ連や中国に対抗しようとインドを支援、一方中国がパキスタンを援助することになったのです。アメリカはあくまでも自国の利益を優先したサポートであったと考えられます。しかし、インドにしてみれば国を挟まれる形で国境を接する近隣二か国との関係が悪化、敵に回してしまった形となったわけです。
立て続いた争いの中で、経済状況も決して良好ではありませんでした。自国の力で国を守るために、インドは核開発という選択をしたわけです。ただし、パキスタンの方も中国の協力を得て即座に核保有国となり、緊張の高まりが溶けることはありませんでした。
2018年の現在も尚、にらみ合いは続き、完全な解決には至っていません。
インドの核開発の現状と問題
繰り返されてきた悲劇的な歴史を、過去からやり直せたらどれほど良いでしょうか。しかし、そんなことはできません。私たちは常に未来に向かって生きていかなくてはいけないのです。
核開発に関しても、過去を知ることはできても変えることはできません。変えられるのは未来だけです。平和のためにも、インドの核開発の現状と問題点も知っておきましょう。
インドの核開発の現状
インドの核開発の現状は、今すぐに解決しなければならない問題であるほど、緊迫した状況ではありません。長年続いた中国やパキスタンとのにらみ合いも、油断はできませんが徐々に関係を回復しつつあります。
その理由が経済や文明の発展です。そもそも争いというのは、極端な貧困や間違った洗脳から起きてしまいます。国民ひとりひとりが裕福で幸せであるのなら、わざわざ他国と戦争をしようとはしないのです。
インドは現在経済成長が目覚ましく、世界的にも投資対象国として注目され、お金が集まってきています。よって、今すぐ戦争が勃発して、核が使われるというような可能性はかなり低いと言えるでしょう。
インドの核開発の問題点
再び核が落とされるリスクは減っていますが、インドの核開発に問題点がないわけではありません。それは核開発そのものというよりも、核に対するインドの考え方に要因があると言えます。
世界は核の脅威に気づき、形の上ではこれ以上核を増やしてはならないと決めています。また、究極の理想として「核なき世界」を実現しようとうたっています。それらの動きを具体化させるために結ばれたのが核拡散防止条約、NPTです。しかし、インドはこのNPTには断固として加入せず、核開発を続けてきました。
ただし、インド側にも理にかなった主張があります。すでに核はこの世に存在し、大国はいくつも保有しています。その上で核開発をさせないというのは、大国と小国に明確なパワーバランスの格差が生まれてしまうというわけです。
インド側の主張は極論でいうと、核開発によって国の大小に関係なく平等な関係性を作ろうということになってしまうわけです。人類が未来永劫、理性を保ち続けていられるのなら、それも一理あるでしょう。
しかし、これからも核開発が増え続けて万が一、どこかの国が暴走したとき、核戦争によって人類は滅亡してしまうことになるかもしれないのです。
インドの核開発問題まとめ
人の歴史は理想と欲望と現実が入り乱れて、築き上げられてきました。助け合う気持ち、平和のために生きる努力、それらは確固たる基盤がなければなかなか実行に移せません。
その基盤とは、インドをはじめ核開発の歴史に目をつむるのではなく、その背景を理解し、万が一に備えることと言えるでしょう。